特別寄稿 丁野 朗 氏

御食国小浜と都の物語 ―文化資源をどう活かすか

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自分の育った地域の歴史、文化を改めて認識し、自分たちの誇りとして次世代へ伝え、その場所に住む人だけでなく国内外問わず訪れる旅行者に語ることを目的とした、文化庁の「日本遺産」。 2023年9月末時点で全国104の地域ストーリーが認定されていますが、それらの文化財の保存と活用について、古より皇室や朝廷に豊かな地域の食材を献上してきた「御食国(みけつくに)」若狭、福井県小浜(おばま)市の取り組みをもとに考えます。 文化観光の分野で日本遺産の設立や日本文化の継承と発展に長年携わり、公益社団法人日本観光振興協会総合研究所の顧問でもある丁野 朗(ちょうの あきら)氏による連載寄稿・第5弾。

御食国小浜とは

小浜は古くから「御食国(みけつくに)」として知られている。御食国とは、古来、朝廷に「御贄(みにえ)」(天皇の御食料を指す)を納めた国のことである。万葉集には、伊勢・志摩、淡路などが御食国として詠われ、若狭は、平安時代に編集された「延喜式」に、天皇の御食料である「御贄」を納める国として記されている。昔から豊かな食材に恵まれた地域である。

奈良時代に平城京から出土した若狭国の木簡には「御贄」の荷札が多く含まれており、木簡には小浜市の小丹生(遠敷)などの地名がみられる。特に小浜の沿岸海域は、奈良時代の重要な塩の供給基地であり、数多くの製塩遺跡が確認されている。とりわけ、国指定史跡となった岡津製塩遺跡は、極めて保存状態が良く、国史跡の製塩遺跡としては日本海側唯一といわれる。

岡津製塩遺跡

日本海に面した小浜は、古くから大陸や都の文化が数多く入り、海の玄関口であったため古寺名刹が多く「海のある奈良」と呼ばれていた。大陸や朝鮮半島からは多くの文物が海を渡ってやってきたが、室町時代初めに入港した南蛮船には、足利将軍への贈り物として、象やクジャク、オウム、ダチョウなど、珍奇な動物が日本に初めて上陸したことも記録に残されている。こうした文物は、小浜と都を結んだ幾筋もの道、後に「鯖街道」と呼ばれる街道を通じて都と繋がっていた。

また、小浜は古くから若狭国の中心となる国府や守護館がおかれ、近世には若狭国と敦賀を領した小浜藩の城下町が築かれて、若狭国の中心としての歴史を歩んできた。小浜市内には、130余もの寺院があり、創建を古代に遡る社寺が多数集積している。中でも、霊亀元(715)年創建の「若狭彦神社」は、養老5(721)年創建の「若狭姫神社」とともに、若狭一の宮と称される神社である。そのほか、奈良時代に孝謙天皇の勅命により創建されたと伝わる多田寺、平安時代に聖武天皇の勅命による若狭国分寺など、都の奈良・京都とのつながりを色濃く残す社寺が多い。

若狭彦神社

小浜でよく知られているのは、お水送りの神事である。奈良東大寺二月堂のお水取りは全国的にも有名な春を告げる行事だが、修ニ会の「お香水」汲みがその行事。その「お香水」は、若狭鵜の瀬から10日間かけて二月堂「若狭井」に届くといわれている。毎年3月2日に、お水取りに先がけて行われるこの行事は、奈良と若狭が昔から深い関係にあったことを物語る歴史的な行事でもある。行事は、昼前の神事から始まり、修ニ会の行、弓打ち神事や弓射大会を経て夕刻、大松明を先頭に行者姿、白装束の僧や一般参加者が松明を手に2kmの行列となり鵜の瀬に向かい、竹筒のお香水を奈良に向かって送る厳粛な神事である。

この冬、幸運にも、そのお水送りの行事に参加させて頂いた。「御幸水」を送る大小千数百本もの松明が、上流の鵜の瀬まで延々と続くさまは、誠に圧巻であった。そして鵜の瀬では、水師の送水文が奏上され、水切り神事が行われたのち、「お香水」が淵の流れに注ぎ込まれ、神事は終了した。

神宮寺から運ばれる「お幸水」の松明行列
お水送り神事のクライマックス(鵜の瀬)

文化財を核とした地域計画(文化財保存活用地域計画)の策定

こうした実に豊富な文化資源や神事などを計画的に保全・活用をするためには、中長期の計画と住民の参加が不可欠である。2011(平成23)年に策定された、小浜・若狭地域の「歴史文化基本構想」は、そのシンボルとなった。この基本構想の理念は、文化財の保存と活用によるまちづくりを骨格に据えること、とりわけ食文化を基軸としたストーリーの展開を図ること、住民を主人公として文化財の保存と活用を協働で進めることであった。

食文化を基軸としたストーリーは、2015(平成27年)に創設された日本遺産制度の第一号、「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群~御食国若狭と鯖街道~」として一足早く認定された。また、2018(平成30)年には「荒波を乗り越えた男たちが紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」も追加認定されることになった。

しかし、歴史文化基本構想は、この時点で制定から10年近くを経過し、社会情勢や文化財を取り巻く環境も大きく変化した。また2018(平成30)年には文化財保護法の改正が行われ、基本構想のアクションプランともいうべき「文化財保存活用地域計画」の制度が創設され、小浜市はこれに一番乗りで手を挙げた。

文化財保存活用地域計画は、地域に存在する文化財を、指定・未指定にかかわらず幅広く捉えて、文化財をその周辺環境まで含めて、総合的に保存・活用するための計画である。2023年7月現在、全国で119の地域の計画が文化庁から認定されている。

小浜の文化財保存活用地域計画は、いわば地域文化財の保存・活用のためのアクションプランでもある。基本構想以後に指定された文化財や日本遺産の構成文化財、さらには未指定を含めた多様な文化財を総合的に調査・把握し、まちづくりや観光など、他の行政分野とも連携して、総合的に保存・活用を進めるための枠組みを示した。計画のサブタイトル「おばまだからできること」にもあるように、文化財の所有者だけでなく、多くの市民・事業者の一人一人が計画に参画することを促す内容になっている。

小浜市文化財保存活用地域計画(2020(令和2)年文化庁認定)

保存活用区域は、それぞれのテーマごとに5つの文化財群(カテゴリー)に集約・整理されている。小浜湾が育む「蘇洞門(そとも)」(国の名勝)などの優れた景観を軸とした「人と自然とのたゆまぬ共生」、先の製塩遺跡等を核とした「御食国若狭の成立」、神仏習合の社寺群を核とした「神仏習合の社寺と暮らし」、針畑峠などの鯖街道を軸とする「京へつながる鯖街道」、まちなかの城・重要伝統的建造物群を核とする「海に開かれた小浜城下町」の5つである。

このうち「京につながる鯖街道」は、最初に日本遺産認定されたこともあり、その整備・活用が先行しているが、同じく北前船の日本遺産に追加認定された「海に開かれた小浜城下町」の保全・活用事業がこれに追随している。

地域の膨大な文化資源を一斉に保存活用するのは現実的には極めて難しい。重点事業や年次を決めて順次整備・活用を図る小浜の手法は、他の地域でもおおいに参考になろう。

日本遺産を活かす

日本遺産「御食国若狭と鯖街道」は、古代から朝廷の食を支えた「御食国」を起点に、日本遺産物語としては4つの起承転結の物語から構成されている。

その基本は、御食国若狭の原点ともいうべき「鯖街道」である。この街道は、日本海の海産物(若狭の美物(うましもの))を1500年にわたって都に運び続けた。若狭は、古墳時代は宮中の食膳を司る膳臣(かしわでのおみ)が納めた国である。ここには古代の首長墳墓群をはじめ、近世の城下町までの濃密な文化財群が残されている。そして鯖街道の中継基地である「熊川宿」や、その街道沿いに残る六斎念仏や祇園祭りなど京都伝来の民俗行事も数多く残されている(起)。

小浜はこうした鯖街道という「陸の道」とともに、日本海に面する、大陸はもとより日本海沿岸のさまざまな地域に開けた「海の道」でもあり、これらが交わる結節点でもあった。海外との関係では南蛮文化の玄関口でもあり、室町時代初期には、前記のとおり象や孔雀などの珍獣が南蛮船で上陸、都に運ばれたという記述もある。近世になると藩主京極高次によって「鯖街道」はさらに整備され、南蛮渡来といわれる若狭塗や祇園祭り由来の小浜放生祭りなどの文化も花開いた(承)。

その鯖街道は、古代若狭の国国府が置かれた遠敷(おにゅう)の里から、針畑峠・朽木を経由して京都鞍馬までを結ぶ。昔から「京は遠ても十八里」といわれた道。ここには海彦・山彦の伝説や、冒頭に触れた奈良二月堂へのお水送り神事もある(転)。

こうした御食国の時代から1500年。若狭と朝廷・貴族の都を結んだ交流の歴史や、ここから培われた庶民の暮らし文化までを体感できる「往来文化遺産群」を体感できる稀有な地域である。この歴史を未来にどのように繋いでいくのか。単に鯖を運んだ運搬の道ではなく、文化交流の道、都を起源とする祭りや芸能などの豊富な民俗文化財を未来に繋ぐ地域づくりがこれからの大きな課題である。日本遺産や文化財保存活用地域計画の出口は、時代のニーズを取り込みながら、これらを活用しながら保全する、新たな手法の提案と実現である(結)。

鯖街道の日本遺産活用は、これらストーリーに沿った拠点ごとに、いわばガイドセンターともいうべき拠点が整備されている。鯖街道の起点には、明治期から続く「旭座」(まちの駅)や「鯖街道ミュージアム」、海に面する「若狭おばま食文化館」(海の駅)が整備され、街道沿いには先の熊川宿の整備に加えて、峠には上根来休憩所「助太郎」などの拠点が整備され、来訪者の動線をサポートしている。その他、食体験とマリンアクティビティーが体験できるおばま魚センターや若狭フィッシャーマンズ・ワーフなどが整備されている。

旭座(まちの駅)
おばま食文化館

また、小浜の日本遺産では、鯖街道の起終点である京都をメインターゲットとしたマーケティング戦略が徹底している。京と若狭を結ぶ「御食国アカデミー」を設立し、京都との現代版の交流を積極的に進めている。また、アカデミーの事業に参加する民間事業者と連携し、古い町並みを活かしたレストランや宿泊事業なども展開している。特に、話題になるショップづくりなども盛んである。へしこの産地、田烏(たがらす)には、鯖をモチーフとした(株)鯖やの「SABAR」というレストランがオープンした。片田舎の漁師町に本店を置いているが、その支店は、都会人受けするおしゃれな店を、京跡烏丸店をはじめ、東京銀座店・阪急梅田店などに拡大している。これらの出店には、クラウドファンディングなども活用された。

鯖のレストラン「SABER」(田烏集落)

計画におけるもう一つの文化財群が「海に開かれた小浜城下町」の保全と活用である。これも日本遺産「北前船」として追加認定されたエリアである。その象徴ともいうべき建物が、県指定文化財「旧古河屋別邸」護松園である。筆者もすでに二度訪ねているが、行くたびに整備が進んでいる。
護松園は、江戸時代に北前船船主として活躍した古河屋が小浜藩主らを迎え入れるために建てた迎賓館である。1815(文化12)年の建築で築200年以上たつが、建物の風格や細部に拘った造りは、派手さこそないが、誠に趣のある建物である。

その建物がリノベーションされ、若狭塗箸のギャラリーやカフェなどを備えた憩いの場「GOSHOEN」として2022年5月オープンした。所有者の老舗箸メーカー「マツ勘」が、畳間の一部を板張りにして箸のギャラリーに改装、台所はカウンター形式のカフェに。書院二間にはモダンなソファを配置し、庭を眺めながらコーヒーが味わえる。さらには、コワーキングスペースや郷土の歴史・デザイン関係の書籍などを集めたギャラリー、蔵を活用したミュージアムや庭の整備なども進んでいる。

再生された護松園(GOSHOEN)
若狭塗の「マツ勘」ギャラリー(護松園)

文化財の保存活用と担い手づくり

文化資源の保存・活用には、その所有者はもとより、これらを活かす事業者・市民の参加が不可欠である。小浜市でも、文化財保存活用地域計画の実行母体となる「文化財保存活用支援団体」の活動を如何に定着させるかが大きなテーマである。地域の文化財は、行政などが管理するもののほか、社寺や個人所有の建物などが数多くある。これらの文化財の保存活用は、行政だけでなく、所有者である民間の活動が不可欠である。支援団体に求められる取組みは、文化財の活用を前提としたブランド価値の向上や、新たな生業・事業の創出などの活用とともに、その担い手・人材の育成や文化財保全の仕組みづくりなどが求められる。

先にみた「護松園」の再生活用をはじめ、その周辺の城下町、重要伝統建造物群の小浜西組などの核となる地域では、株式会社まちづくり小浜やNPO法人WAC!おばま、小浜市の歴史と文化を守る市民の会、小浜市西組協議会(小浜西組のまちづくり)などの組織が、文化資源の保全と活用の活動を積極的に担っている。古民家再生による宿泊施設等による活用など、小浜では既に10軒近い活用例も生まれている。

一棟貸の再生古民家「町家ステイ」

これからの文化政策は、観光と文化を対立的にとらえるのではなく、良好な関係を築きながら、相乗的な効果を生み出していく、いわば「共生」の考え方が重視されるようになっている。さらには、文化資源を適切な投資によって社会的価値や便益を極大化するという新たな視点も加わっている。

その考え方を具体化し支えるのが、地域の保存活用支援団体である。文化資源の保全だけでなく、保全するためにも、その価値を高め、さらには経済行為にまで高めて、その収益で文化財を保全していくといった「再投資」の考え方が芽生えている。

文化財の保存と活用は、これからの観光まちづくりの肝となろう。この分野でも小浜の取組は先行モデルとして誠に注目される。

ライター
丁野 朗

ちょうの あきら

観光未来プランナー、公益社団法人日本観光振興協会総合研究所顧問、元東洋大学大学院国際観光学部客員教授、文化庁日本遺産審査評価委員

 

マーケティング・環境政策のシンクタンクを経て、1989年(財)余暇開発センター移籍。「ハッピーマンデー制度」や「いい夫婦の日」の提唱、産業観光などの地域活性化事業に携わる。2002年(財)日本生産性本部、2008年(公社)日本観光振興協会常務理事総合研究所長を経て、2017年よりANA総合研究所シニアアドバイザー、2020年より日本観光振興協会総合研究所顧問に就任。 観光庁、経済産業省、スポーツ庁、文化庁などの関係省庁委員や栗原市、呉市(顧問)、横須賀市、小田原市、舞鶴市、越谷市、益田市など各地の観光アドバイザーなどを務める。他に日本商工会議所観光専門委員会学識委員、全国産業観光推進協議会副会長、全国近代化遺産活用連絡協議会顧問なども務める。

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